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[這いずり日記] シオシオのパー。水の巻その一~長野方面2019/11

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いろいろ心中思うところがあり、ひさしぶりに身の回りの、生き物でない写真をまとめてみる。具体的には 2019年11月に撮ったもののなかから、何回かに分けて。

この月〜2019年11月〜はほんとうに酷かった。僕の同級生、理事の同級生、も一人別な僕の同級生、それもそれぞれに親しい友達の訃報が立て続けにやって来た。それは僕たちだってもはや若くはないから、同年配の友人や、あるいは自分たち自身が、これから少しずつ姿を消していくことくらいは分かっている。しかし、いきなりの重い往復ビンタ、しかも一往復半は少々こたえた。

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Kは僕には数少ない大学時代からの友人だった。とりあえず入学はしたものの、色々としっくり来なくて、授業にはほとんど出ずに、大学の向かいの神社のベンチで本を読んだり、山に行ったり、古本屋街でぶらぶらしていた頃、Kはクラスの優等生として僕の前に現れた。とは言えほとんど交流はなくて、僕にとってKは「たまに授業に出るといる奴」くらいの認識だったかもしれない。

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距離が縮まったのは、その三年くらい後、同時期に同じ国に留学したことによる。僕は相変わらず大学にはほとんど行っていなかったが、変則的なルートで留学することになり、Kは彼らしく優等生の道をまっすぐに進んで留学に達した。学期の合間に一緒に南仏を旅し、またパリで遊んで、同い年の肩の凝らない話相手をお互いに見いだした。

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僕には親しい友達はすくない。それも、本人がそもそもそうだから、偏屈な奴、何か欠けような奴ばかりだ(すまん)。その中で、K は終始一貫して、常識を備えたよい大人だったように思う。僕は相変わらず右へ行ったり左へ行ったりしていたが、彼はそのまま大学の先生になり、そしてそのまま気楽な交流は続いた。まぁだいたい麻雀で徹夜しながら、日仏ちゃんぽんの言葉遊びで大笑いするというのが定番。デパートの屋上の大道芸の通訳とか、研究室の資料整理とか、一緒にバイトもよくやった。

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気楽過ぎて、打ち合わせも何もせずに、ぶっつけ本番で僕の結婚式の司会をやらせたのは申し訳なかった。それなのに、郷里で行われたK の結婚式には大遅刻の上、とうとう欠席してしまったのも誠に申し訳なかった。

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振り返ると、いいダジャレを思いついた時の嬉しそうな顔、麻雀で上がった時のちょっと得意そうな、緊張したような顔。八年前震災の年、一回目の手術の後の、少々打ちのめされたようなくらい顔。いろんな顔を思い出す。今年の一月、入院生活から自宅看護に移行する前、最後に会った時は吹っ切れたような顔をしていた。ウェットなのを嫌って「じゃ又な(K の流儀だと'じゃ股な')」と席を立つと、エレベータのところまで付いてきて、思い詰めたような顔をして手を差し出し、僕の手を強く、ぎゅっと強く握った。

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ある歌人について教えてほしいことがあり、メールすると最近句会に出したという俳句をつけて返してきたのはその後のことだ。

地吹雪に
バス停と母
消えゆけり


簡潔な句だが、新潟に里帰りしたKの背後のバスの窓越し、雪の中にお母さんを置いて去っていく情景、苦さ、切なさ、いろんなものが渦巻く。実に良い句だ。そして、お母さんは春に、Kの乗ったバスもまた白いものの中に消えてしまった。

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K は僕の水の写真の理解者だったから、水の写真をたくさん出して送ろうと思う。整理が追いついてないから、まぁ追々。ゆっくり行く。まずは水の巻、その1。今回は枚数が多いので、順不同でお送りしています。

以下続々公開予定

水の巻、その1
水の巻、その2
水の巻、その3
水の巻、その4
水の巻、その5
地の巻、その1
空の巻、その1


[写真撮影 : 2019/11 - 長野県] [photo data : 11/2019 - Nagano]
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